幸せを邪魔する権利


フェイスブックにも書いたのですが、

こちらにも書いておきます。

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幸せを邪魔できる権利

入院中、足の爪が伸びて困っている人がいました。その足の爪は、分厚くなって変形して、ちょっと難しい爪で、自分で切ることができませんでした。靴下を破り、靴が履けなくなるほどでした。看護師さんや介護福祉士さんはきっと助けてくれると思い、でも気兼ねしながら相談してみました。

でも、誰もその難しい爪を助けてくれる人はいませんでした。その爪の安全と安楽は、放置されました。

ご本人と娘さんが必死で伝手をたどり、やっとのことで、その爪を助けてくれる人が見つかりました。うれしくて、その事を話してしまいました。

やっと爪が綺麗にできる!やっと引っかからなくなる!やっと楽に靴がはける!やっと安心してリハビリできる!

でも、病院関係者は入院中だから、退院するまでは病院関係者以外には触らせてはならないと許可を出しませんでした。

誰の爪でしょうか?爪の知識を持った人にケアしてもらう事と、そんなトラブルの爪を放置しておく事、

どちらが安全なのでしょう?

今すぐ、快適になれるチャンスがあるのに

どうして私の幸せは邪魔されるんでしょう?

入院したら、私の幸せになる権利は、病院にとられてしまうんですか?

それなら、最初に説明と同意書に書いてもらいたかった。それなら入院しなかった。

…とその人は涙ながらに話されました。

どうぞ、早く退院してきてください。

退院したらきれいに、楽にして、もっと効果的なリハビリやって、幸せを取り戻しましょう!

そんな残念な物語が

そこにありました。

自分にその難しい爪を切る能力がないなら、身につければいい。

身につける時間がないなら、専門家を依頼するか、本人に依頼してもらえばいい。

そんなシンプルな行動が取れない

悲しい現実…

接触圧をあちこちへ 木曽馬のさくらちゃん


接触圧をあちこちへ 木曽馬のさくらちゃん

御殿場の時之栖に住んでる

木曽馬のさくらちゃん

さくらちゃんは生まれつき後ろ足に障がいがあり、立ち上がることができなかったそうです。母馬が離れてしまって、殺処分になる予定だったんだそうです。

そこに、半年前に自分の子供を死産したゆいちゃんが寄り添い、母乳もでるようになって、見守ってきたそうです。

ゆいちゃんが、御殿場の時之栖に行くことになり、馬主さんからさくらちゃんも一緒にと言われて、さくらちゃんも、ゆいちゃんも時之栖で暮らしています。

時之栖に来たばかりのときは、立っているのがつらくて、横になっていることが多かったさくらちゃんも、爪の手入れの工夫でバランスよく立つことがじょうずになったそうです。

動くために爪は大切

そして、寝ている姿を拝見しました。

壁にもたれて、壁に重さを移したり、

尻尾を動かして重さを頭方向(キネステティクの屈曲)や尻尾方向に移動したり(キネステティクの伸展)で、小さい体位変換のセルフケアしながら休んでいました。

固めの草のベッド

頼もしい

私たちも見習おう。

うまく学べない人の特徴


  1. キネステティク・クラシック(特にネオ)を学ぶにあたって、うまく学べない人の特徴について話題にしたいと思います。 キネステティク・クラシックは最初にパーソナルレベルというセルフケアを学ぶレベル からはじまります。 動きを体験して、それを言語化するという学び方をします。 セルフケアを学ぶということから、パーソナルレベルは、アスリートの方やアーティストの方、事務仕事をされてる方、教育に携わってる方、健康に関心の高い方、それから、人の介助に携わる方とさまざまです。 自分のカラダの動きを体験して、キネステティクの概念の意味を体験から理解していくので、メモを取るより、じっくりと「今、ここで」この瞬間に体験してることに注意を向けることが必要です。 体験するときには、ファシリテーターネオは、ノートを置いてください、と声をかけて、自分のカラダに注意を向けるように環境を整えるのです。学べない人はこの時、以下のような反応をします。

またしても、ノートをつかみ、カラダの体験を促す言葉をメモしはじめます。メモは体験ではありませんから、その人は体験ができません。そして、ノートは、私の話してる内容からワンテンポ過去のことを書いてることになります。

なぜ、そのようか行動をとるのでしょうかと聞いてみると、「帰ってから、伝達講習をしなくてはならない」とか、「自分のやってる〇〇の生徒さんに教えたい」と言われることが多いのです。 せっかく、体験にきたその時間に体験しないのはとてももったいない時間を体験することになります。 「今、どのように感じていますか?」と尋ねても、考えてたり、ノートにだけ集中しているので感覚は使っていません。だから、答えられません。 そして、一見差し障りのなさそうな、意味のない言葉を並べてその場をどうにか、収めようとするのです。 「何にもよくわからなかった」という体験になるか、「まだ、しっかりと言語化できるまではできないけど、これは深い学習だから、もっと学ぼう」になるか 分かれ道を選ぶのは自分次第。 体験しないで、メモばかりする方には、その方のために修了証は出せないかもしれない…と考えているところです。 大きく遅刻してくる人も、必要単位を満たせないし、体験が足りないので、同じ。 心と時間に余裕を持って、ご準備ください。 自分で自分の感覚を研ぎすませれば、それまで気づかなかったいろんなことが見えてきます。自分の足りないところが明らかになります。 人のお世話をするときも、セルフケアが不足しているところをお世話するのですから、自分で自分のセルフケアは体験により得た知識をおぎなうこと。 気づいて、楽しく学んでみましょう。 ご一緒に。 写真は沖縄でのファシリテーターレベル時のものです。 いい学習をする人たちです。

パーソナルレベルを学ぶ醍醐味


体験した人にしかわからない

キネステティク・クラシックのパーソナルレベル(特にネオ版)を学ぶ醍醐味。

自分がより身近になること。

自分自身がなぜ、こんなに疲れるのか、

なんでよく故障してしまうか…

わからないとミステリだけど、

キネステティク・クラシックのパーソナルレベル(特にネオ)でじっくり自分の日常でやっている動きと言語化を体験して、その言葉の意味がわかると、自分を理解することにつながります。

2018年1月13日から、広島では月一パーソナルを開催してますが、

参加されたFさんやKさんやY子さんからは、そんな気づきが溢れてきました。

「年末年始で腰が痛くなったけど、重ね着してたから、マスの動きがブロックされてたかも…だから胸腰椎移行部に負担がかかっていたかも…

保温のための重ね着も、動きを感じられるものにしてみよう。

でも、前回のパーソナルレベルを、受講した時に、不具合が起きた時に自分で環境を整えることを学習したので、痛みは少しずつセルフケアで改善できたんです。」

ほー、すごい。

パーソナルレベルは、セルフケアを学習することなのです。しかも、なるべく安楽になるように試行錯誤をしながら分析しながら、自分に気づいていくのです。

今まで、よくわからなかった不思議レベルが明確になる、自分の謎がわかるってどれだけ楽しいか体験した人にしかわからない。

今回は2回目の受講の方が2名、3回以上の受講の方が1名。ただ、何回も繰り返し受講すればいいというものでなくて、丁寧に体験を重ねることが大事です。今回3回以上、丁寧な体験をしてくださってる方が、気づきをシェアしてくれて、それが、みんなの気づきの能力をまた、レベルアップしてくれてました。

有難い受講生だ!と思ったら、ファシリテーターでした。

ファシリテーターは学習のリーダー。自分自身が学び続ける人だという手本を見せてくれました。まだ、メジャーデビューはされていませんが、デビューの折には、受講料を払って私が1番に受けたいです。

この醍醐味を味わうために…

というわけで、今回も楽しいパーソナルレベルが展開されそうです。

写経はじめと護摩供養


ネオ・パーソナルレベルはじめが無事に終了した後は、今年はじめての写経をありがとう寺で行いました。

写経の後は、比較宗教学者でありがとう寺のご住職の町田宗鳳先生による護摩供養で、炎の瞑想を体験しました。

写経に書いた願い事と、護摩木に書いた願い事が炎によって天に昇りました。

炎の崇拝からはじまったと言われる3000年以上の歴史のある護摩供養の儀式。

町田先生の説明を聞いていて、はじめて、自分の願いを叶えるのは自分自身なんだという決意が浮かんできました。

2008年にキネステティクを日本に普及したいと活動を開始して以来、私の人生は波瀾万丈過ぎるくらい波風強い航海でした。

キネステティク・クラシック、特にキネステティク・クラシック・ネオになってからは、自分の健康も守られ穏やかな航海に変わって来ています。

沢山の方々に助けてもらいながら、これからも願いを叶えていこうと思います。感謝で手を合わすと叶えるという字のイメージが湧いて来ました。

禅堂の開運太鼓も打たせていただき、

きっと、今年は大丈夫。

勇気をもらった護摩供養の時間でした。

思い込みを捨てれば学習は深まる


知ってると思ってる人は、そもそも学習しようと思わないのですが、たまに…ただ条件を満たすだけのために受講される方がいます。

それでは単なる時間つぶし、

英語ではkill time 時間を殺す。

命は時間で出来ているとも言えるので、考えると怖いこと。

だから、何かを学ぼうとする時は、新しい体験をするために丁寧な気持ちで参加することが大切だなぁと受け入れ側の立場での体験で思いました。

新しい気持ちで、学びに来る方々は、見えている表層的な部分から、ずっと奥の深い部分の学びを身につけていかれます。言葉と動きにそれは、ハッキリと現れる。自分の次回という命の一部分を、大事にできる人は、人の命の時間とも真剣に向き合い、大事にしています。

知っているという思い込みをすてれば、新鮮な気持ちで関心を持って、たくさんのことを吸収していけます。

そういう方々が目の前にいると、旅芸人の私からは、普段以上のパフォーマンスができるのです。私の高パフォーマンスを、引き出してくれるそんな方々に感謝できる素晴らしい時間を過ごせます。

それは、とても創造的な時間。命を輝かせる時間。

うっかり…そうでなかった方々も、次は是非、ご一緒に、創造的な時間を過ごしましょう。失敗に気づけば、修正できますから、次にお目にかかれる機会を楽しみにしています。

時之栖の一富士、二鷹、三茄子

2018年ネオ・パーソナルはじめ


富士山の裾野にあたる御殿場にて、2018年最初のキネステティク・クラシック・ネオのパーソナルのセミナーはじめとなりました。

キネステティク・クラシックが始まったのは2015年4月からです。パーソナルレベルでは、キネステティクの言葉の意味を自分の動きの体験を通して知ることです。自分のカラダの動きはどのようになっているかに焦点を絞った学習に分けられました。結果、自分自身の健康増進に結びつけられるプログラムになりました。自分の事だけを丁寧に考える、自分と仲良くなる、結果自分の健康を守ることが学習のゴールです。

ほかの流派のキネステティクとは違う点です。

そして、さらに、2017年7月より、創始期のキネステティクと用語の定義を進化させました。医師である学術担当理事の澤口裕二氏により監修され、そのほかの科学とも整合性をもち、わかりやすい内容に進化しました。創始期のキネステティクには難色を示してきた人たちにも受け入れられるようになりました。

医学書院の看護教育でもキネステティク・クラシック・ネオの連載がスタートしました。

進化したネオで 本来のクラシック的な キネステティクを学習できる時代がやってきました。希望いっぱいの私たちを富士山が三日間応援してくれたようでした。

日本キネステティク普及協会のウェブサイトも少しずつ 追いついて行きたいと思います。http://www.nka.link/

 

2017年の赤ひげとのお別れ


横川ガード下にあった、あ・ら・ビストロ赤ひげさんが閉店されました。

寂しい気分の時、立ち寄れる気軽なお店が一軒なくなりました。

お客さん同士で、味見しあったり

熱が出た時にメニューにはない雑炊を作ってもらったり

急に呼びつけられたり(笑)

オニギリ作ってもらって一緒にカラオケに行ったり

思い出がドンドン湧いてきます。

寂しいけど、ガード下立ち退きのための閉店

また、どこかに赤ひげを復活してもらえたらいいなぁとワガママに思ってしまいます。

お父さんマスターから次男さんマスターに

引き継いでもらった内緒の鯛ソーメン

忘れられません。

たくさん胃袋からしあわせにしていただいた赤ひげの皆さん、ありがとうございました。皆さんのこれからのご多幸をお祈りします。

そして、諸行無常…だから、しっかりその時々を大切にしようと思います。

この年のはじめに想うこと


誰も自分の代わりに

そのカラダとココロで生きていくことは出来ない。自分のカラダと人生は自分でしか乗りこなせない、ただ一つのものだから。

でも、応援したり、お手伝いしたり出来ます。

そのために大切なこと。まず、

自分自身が自分の人生を生きていくための知識を手に入れること。

そうすれば、困ったことが起きたときに、自分で解決策を見つけることができる。

動きの臨機応変力を身につけられたら、介護予防自体がいらなくなるかもしれません。

そして自分以外の誰かが

生きていく時に、カラダを動かすことに困っていたら、

自分の知識と経験を通して 誰かがそこを乗り切ることをお手伝いできる。その人が気づきもしなかった解決策を見つけることをスピードアップさせられます。

そして、私はここに楽しさを感じる。

2018年も、自分自身の人生を丁寧に取り組みながら、知りたい、学びたい皆さんの応援をしていきたいと思います。

今年もよろしくお願いします。

同じ名前の別の物(2017.12.26)


沖縄ぜんざい食べ納め

みかけは同じ沖縄ぜんざいでしたが、

いつも私がいただいてる、ヒーローのぜんざいや武村天ぷらのぜんざいとは違いました。

金時豆がめったに口に入ってこないのです。

あの店のぜんざいもこの店のぜんざいも、ヒーローのぜんざいも同じ名前ですが、中身が違うのです。たくさんの金時豆、しかも程よい煮込み加減。

少し前の自分だったら、この違いに気づかなかったでしょう。ガッカリしたけど、ガッカリできるくらい、違いのわかる私になったのだと思い嬉しくなりました。

世の中には同じ名前の違うものがたくさんあるけど、違いのわかる自分で居れるよう、日々精進したいです。

食べ物に限らず、人の動きの支援も、支援行為自体、誰がやるかでまったく違う質になります。

食事介助も、入浴介助も、移動の介助も、体位の介助も…

見ている人はわからないけど、援助を受けた人には違いがわかります。

キネステティク・クラシック・ネオでは、違いのわかる学習を提供します。

キネステティク・クラシック・ネオについて、知りたい人は、ひとまず、医学書院の看護教育2008年1月号をお読みください。

このタイトル、よく使っている気がしますが…