意味のない言葉

キネステ 足爪 やらない理由 エビデンスを言い訳にする人々


沖縄では、発売当時のままのパッケージのボンカレーが売られています。
他の地域で売られているパッケージでは
売れなくなる、というエビデンスがあるからです。

試してみてダメだったというエビデンスがあっての、パッケージの維持なのです。

今日は、このエビデンスの話をしたいと思います。

現在の看護や介護の世界では、教科書に「足爪のケアの大切さ」はほとんど書かれていません。

「転倒予防」と大騒ぎして、挙句の果てに転ばないように、歩かせないようにして、患者さんを寝たきりになりやすくさせてしまっています。

皆さん、「本当は怖い話」で紹介してほしいくらい怖い話なんですよ!

この転倒の問題を解決しやすくなるような「動きの言語化のツール」を導入し、
足爪のケアができるようになった看護者や介護者に浴びせられる言葉は、次のようなものが多いと思います。

「やりたいなら、先にエビデンスを出せ」と。

実践をさせようとせず、試しもせずに否定的な態度を取る管理者が多いのです。
「患者さんの状況が改善していない」というエビデンスがあるにも関わらず、改善の方法を試しもせずに、自分の保身のために、そういう発言をするのです。
もしくは、思考停止の状態が心地よい人なのかもしれません。

私はそのように言われた時には、必ず次のような質問をします。

「では、今までのやり方が、わたしがやろうとしていることより優れているというエビデンスを見せてください。
そうしたら、わたしが患者さんのためにやろうとしていることをやめる決心ができます。」
(心のなかでは「タワゴト言ってる場合じゃないんだよ!」と思っています。)

「ぼーと生きていたら、さとちゃんに叱られる」と、私の仲間たちは言います。

根拠のない、患者さんの立場にならない
虚言に左右されない挑戦をしていきましょう。

応援の定義について考えた


応援の定義について考えてみた

大辞林 第三版の解説によると
おうえん【応援】とは

( 名 ) スル
① 他人の手助けをすること。また、その人。 「友人の-を仰ぐ」 「地元候補を-する」
② (競技・試合などで)歌を歌ったり声をかけたりして味方のチーム・選手を元気づけること。
「母校のチームを-する」 「 -合戦」 → 支援(補説欄)

さらに
しえん【支援】とは

( 名 ) スル
他人を支えたすけること。援助。後援。
「友人の事業を-する」 「 -の手をさしのべる」 〔類義の語に「応援」があるが、
「応援」は人やチームを元気づけて精神的に助ける意を表す。
それに対して「支援」は労力や金銭などの面で、その活動や事業を助ける意を表す〕

とあった。

なぜ、定義を調べたかは
「こんなに応援しているのに、なぜ気づかないのか!」とある人に言われたことがきっかけなのです。

でもその人から手助けを受けた体験がない。
歌を歌ってもらったことはない。
励ましてもらったりしたこともない。
労力や金銭などの支援を受けたこともない。

私の定義とその人の定義は違うんでしょう。
次からは
私に伝わるような応援をよろしくお願いした。

そして応援の定義が明らかになったことを
感謝した。

この事業とはじめて10年以上たつけど
会社に訪ねてきてもらったことは
一度もない。

誰かを紹介してきてくれたこともない。

言葉はうそをつけるが
行動はうそをつけない。

ちーーん!

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。